私たちは一日に何度、「おもう」と口にしているでしょうか。「今日はうまくいくと思う」「お客様に喜んでほしいと想う」「創業者の志を憶う」──。同じ“おもう”という響きでも、その中に流れる心の色は違います。
日本語には、この「おもう」をいくつもの漢字で表す豊かな文化があります。理性の「思う」、情の「想う」、記憶の「憶う」──この違いを意識するだけで、私たちの言葉は、そして商いの心は、もっと深く温かくなるのです。
理性で考える「思う」──判断の言葉
「思う」は最も一般的で、理性に基づいた“おもう”です。考え、判断し、意見を述べるときに使われます。「この企画は有望だと思う」「今月は売上が伸びると思う」など、事実や展望を整理する場面で欠かせない言葉です。
商いにおいても、数字を読み解き、計画を立て、戦略を練るときには「思う」が主役になります。冷静な判断力は、経営の土台です。
けれども、「思う」だけで語られた店は、どこか冷たく感じられることがあります。理性の裏側に、もうひとつの「おもう」を持つことが、商人としての深みをつくるのです。
情を込めて「想う」──つながりの言葉
「想う」は、心の奥に灯る“情”の働きです。「お客様を想う」「家族を想う」「地域を想う」──ここには、温かさや共感、そして祈りにも似た感情が流れています。
たとえば、ある菓子店の店主は、売上目標よりも「このお菓子が誰かの笑顔につながるかどうか」を指標にしていると言います。そこにあるのは、「売る」ではなく「届ける」という想い。“想い”を軸にした商いは、数字以上の信頼を生みます。
「想う」は、見えないところに心を配る言葉。お客様が商品を手にする前の気持ち、帰った後の余韻、季節の移ろい──そんな細やかな情が、商いの質を決めていくのです。
時を越えて「憶う」──継承の言葉
そして「憶う」は、過去をたどり、今を見つめ直す“記憶の思い”です。「創業者を憶う」「かつての仲間を憶う」「初心を憶う」──そこには懐かしさと感謝、そして「今の自分はその延長線上にある」という確かな自覚があります。
たとえば、老舗の主人が店の暖簾を見上げながら語った「先代の教えを憶うたびに、背筋が伸びる」という言葉。それは単なる懐古ではなく、未来への誓いでもあります。“憶う”とは、過去にとどまることではなく、「受け継ぐ」という意志の表れなのです。
商いは歴史の連なりの上にあります。お客様との縁も、地域の信頼も、長い時間の積み重ねです。“憶う”ことは、次の一歩を照らす原点を確かめる行為なのです。
言葉を選ぶとは心を選ぶこと
「思う」「想う」「憶う」──たった一文字の違いが、伝わる温度を変えます。理性で考え、情でつながり、記憶で継ぐ──この三つの“おもう”を大切にすることが、人の心に届く商いをつくる道ではないでしょうか。
言葉を磨くとは、心を磨くこと。今日の「おもう」が、明日のあなたをつくります。どんな想いで店を開き、どんな思いでお客様を迎えるか。その一つひとつの“おもう”が、あなたの商いの未来を形づくっていくのです。
