笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

組織が大きくなるほど、人は安定を望むようになります。「もう十分ではないか」「このままでいいだろう」。そんな言葉が職場に増えると、挑戦する意欲は少しずつ薄れていきます。しかし、社会の変化は待ってくれません。安定を守りながらも進化を止めない企業こそが、長く繁栄を続けているのです。

 

昨日より、もう少しおいしく

 

午前10時。あるスーパーの惣菜売場では、炊き込みご飯を前にスタッフたちが味の微調整について話し合っています。「昨日より、もう少しおいしく」と語る一言が、同社の文化を象徴しています。

 

埼玉県を拠点とするスーパーマーケットは、2025年3月期まで単体ベースで36期連続で増収増益を達成しました。人口減少、物価高、人手不足という逆風の中で、連結営業収益は7,364億円、営業利益334億円。その原動力は「変わらないために、変わり続ける」という哲学にあります。

 

「安定しているように見える会社ほど、実は変化を積み重ねている。昨日より良い今日をつくる努力が、やがて大きな安定になるのです」と同社の川野幸夫会長は語ります。

 

同社は1都6県で195店舗を展開。地域ごとに異なる嗜好を読み取り、品揃えや惣菜を最適化します。全店に共通の“正解”を押しつけるのではなく、現場に考える自由を与える。その積み重ねが、他社の追随を許さない強みを生んでいるのです。

 

 

理念×現場×データ

 

この企業の強さは、理念経営と現場創造力の融合にあります。本部が上から指示を出すのではなく、店舗が自ら考え、顧客と向き合う。ある店では地元食材を使った惣菜を強化し、別の店ではワインやチーズを拡充。地域ごとの暮らしを読み解き、「ここにしかない日常」を提案しています。

 

しかも、感覚だけに頼る経営ではありません。POSデータやAI分析を活用し、売上や購買頻度を科学的に把握。理念・データ・現場を三位一体に融合させた“人が主役のデジタル経営”を進めています。これが、長期的な成長を支える骨格です。

 

2025年10月には、社名を「ヤオコー」から「ブルーゾーンホールディングス」へ変更しました。“ブルーゾーン”とは、世界で長寿者が多く暮らす地域の呼称です。その名には「人が心身ともに健康で、幸せに生きる地域社会を育てたい」という願いが込められています。

 

つまり、社名変更は単なる再編ではなく、理念の深化。食を通じて地域の健康と幸福を支え、社員・顧客・地域がともに“長寿の循環”をつくるという決意の表れです。

 

理念があるから、変化を恐れない。
理念があるから、現場が迷わない。

 

この確かな「軸」が、企業の持続的成長を導いているのです。

 

未完成の誇りを持つ

 

同社の精神的支柱は、「お客さまの『まあまあ』は『まだまだ』」という創業の母・川野トモさんの言葉にあります。「まあまあ良かった」と言われて安心してはいけない。その言葉の裏には「もっと良くなれるはず」という期待がある。この一言が、36期連続の成長を支える商いの心です。

 

トモさんは毎朝、市場に通い、顧客の声を聞き、売場を自ら整えました。「現場にこそ真実がある」という信念を貫き、日々の改良を重ねたのです。その精神は今も惣菜やベーカリー、生鮮部門に息づいています。ヒット商品が出ても「完成」とは考えず、味付け、盛り付け、包装、価格、接客──あらゆる要素を日々見直します。

 

「母の教えを継いで、私たちは“未完成の企業”であり続けたい。完成したと思った瞬間に退化が始まるからです」と川野会長は語ります。“未完成の誇り”こそが、進化を止めない力なのです。

 

安定とは、変化を続ける勇気のこと。「まあまあ」に満足せず、「まだまだ」を楽しむ姿勢が、明日の成長をつくることを同社の躍進は教えてくれます。

 

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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