「稼ぐ」と「儲ける」──似ているようで、じつはまったく違う言葉です。前者には汗の匂いと努力の重みがあり、後者には才覚と機微の香りがあります。どちらも商人にとって大切ですが、時代が大きく変わる今こそ、“どう稼ぎ、どう儲けるか”が問われています。
「稼ぐ」は汗を流し
「儲ける」は信頼を積む
「稼ぐ」は、休みなく働く様子を表した語に由来するとされ、諸説ありますが、もともと“仕事に励む”という意味合いが強いようです。一方、「儲ける」は「設ける(備え整える)」に通じ、“用意・工夫によって利益を得る”という意味へ発展したとされます。つまり本来の「儲ける」とは、“信頼を得ることによって利益が生まれる”ということなのです。
現代の商人がこの二つをどう扱うかで、店の未来は大きく変わります。価格を下げて客を集めるのは「稼ぐ」力ですが、感謝や信頼で常連を増やすのは「儲ける」力です。どちらが欠けても商売は続きません。売上は「稼ぐ」ことで立ち上がり、利益は「儲ける」ことで積み重なります。
値引きより
「値打ち」で勝負する
静岡県菊川市の老舗茶舗「丸松製茶場」は、直営ブランド「san grams」などで“淹れる体験”の価値を伝えています。価格競争よりも体験や文化の共有を重視し、動画発信やカフェ運営などを通じて「日本茶の豊かさ」を届けています。お茶の味だけでなく、背景にある「暮らしの時間の楽しみ方」を伝えているのです。
結果、単価は周囲の店より高いにもかかわらず、常連客の来店頻度は上がり、売上も安定しました。店の掲げる姿勢には、「値段ではなく値打ちで選ばれる店づくり」という哲学が感じられます。
ここに、「稼ぐ」と「儲ける」の決定的な違いがあります。「稼ぐ」は“いま”の成果を追う行為であり、「儲ける」は“これから”の関係を築く行為なのです。

数字の奥に
「ありがとう」が見えるか
商売の現場では、つい「売上」「利益」「客数」という数字を追いがちです。もちろん数字は大切です。ですが、数字の奥に「ありがとう」という言葉がどれだけあるか──そこに本当の“儲け”が宿ります。
岩手県盛岡市のパン店「福田パン」は、地元の高校生や通勤客が朝から列をなす人気店であることは以前のブログで紹介しました。平日で約1万個、休日で約1万5000個のパンを焼きます。店員は一人ひとりの注文を丁寧に聞き、笑顔で受け答えを欠かしません。
その結果、SNSにほとんど広告を出さなくても、クチコミだけで評判が広がっています。これは「稼いでいる」以上に「儲けている」状態です。“信頼と感謝”という無形の財産が、地域の中で価値を生み続けているからです。

「儲ける」とは
未来の自分を育てること
商売の成果は、月次の売上表だけでは測れません。「儲ける」とは、未来のために今の自分を育てる行為でもあります。今日のひと手間が、明日の信頼を生む──そう信じて努力を続ける人に、顧客は自然と惹かれていきます。
私がこれまでに取材した繁盛店の共通点は、「目の前の客だけを見ていない」ことでした。常に「このお客様が10年後も笑顔でいられるために、今できることは何か」と考えているのです。そこに“心の投資”があります。それこそが「儲ける」力の根源であり、人口減少時代の最大の競争力です。
かつて商業界創始者・倉本長治は、「商人は儲けねばならぬが、儲けるのが目的ではない」と述べています。儲けようとするのではなく、儲からずにはいられないほど人を喜ばせる──そこに商人の哲学があります。
「稼ぐ」は技術であり、「儲ける」は人間力です。その両輪を磨くことこそ、これからの時代に必要な商いの力ではないでしょうか。
銀行口座の残高は数字で見えますが、商人が本当に増やすべきは“信頼の通帳”です。「また来るよ」「あなたから買いたい」という言葉が、その通帳の入金です。一日ひとつでも“ありがとう”を増やすこと。それが、長い目で見れば最も確かな“儲け”につながります。






