笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「書く」と「消す」。まったく別の動作を“ひとつにした”ことで、世界を変えた発明があります。1858年3月30日、アメリカの発明家 ハイマン・リップマンは、鉛筆の軸に消しゴムを埋め込んだデザインで特許を取得しました。

 

鉛筆と消しゴム。それぞれに役割があり、どちらも手放せない存在です。しかし、リップマンは「一緒にしてしまえば、もっと便利になる」と考えました。結果、私たちは今もその恩恵を日常的に受けています。

 

リップマンの発明が教えてくれるのは、「足して便利にする」のではなく、「ひとつにして新しい体験を生む」という発想です。これは、現代の商品開発や商いの本質にも通じる考え方です。

 

不便の中に発明の種がある

 

リップマンの発想の出発点は、小さな不便でした。「書くたびに消しゴムを取りに行くのが面倒だ」──それだけのことです。しかし、多くの人が見過ごす“ちょっとした不便”を、彼はチャンスに変えたのです。

 

この「小さな不便を見逃さない姿勢」は、現代のヒット商品にも共通しています。たとえば、スターバックス。「コーヒーを飲む場所」と「くつろぐ場所」を一体化させたカフェ文化をつくり上げました。

 

それまでの喫茶店は、飲み終われば帰る場所でした。しかしスターバックスは、“第三の場所”として「滞在する体験」を加えました。「飲む+過ごす=新しい価値」こそ、ハイマン・リップマンの精神を現代に生かした代表例です。

 

「足す」ではなく「融合」させる

 

単に機能を“足す”のではなく、使う人の体験を“融合”させる。そこに真のイノベーションがあります。

 

たとえば、ユニクロのヒートテック。「インナー」と「防寒具」という2つの役割を融合させ、“重ね着しなくても暖かい”という新しい着方を提案しました。これも、「足す」ではなく「ひとつにする」発想から生まれた成功例です。

 

あるいは、スマートフォンもそうです。電話とメール、カメラ、音楽プレーヤー、地図──かつて別々だった道具をひとつにまとめ、“持ち歩く生活”そのものを変えました。この「一体化の価値」が、世界の行動様式を根底から変えたのです。

 

「モノと暮らしを一体化」した店

 

融合発想を体現するもう一つの好例が「無印良品」です。同店は「モノを売る店」ではなく、「暮らしを提案する場」として店舗を進化させてきました。家具と食品、衣料と家電──一見バラバラな商品を扱いながらも、それらを“ひとつの思想”で貫いています。つまり、「これでいい」という価値観の提案です。

 

 

さらに、店内には「カフェ&ミールMUJI」や「MUJI BOOKS」などを併設し、“買う”と“過ごす”を融合させました。お客様は、ただ商品を選ぶのではなく、「自分の暮らしをどう整えるか」を体感できるのです。無印良品が強いのは、商品群ではなく、体験の統合力。「売場=暮らしの実験室」という空間づくりにこそ、ハイマン・リップマンの精神が現代的に息づいています。

 

小さな店ほど「融合発想」が生きる

 

大きな資本や規模を持たない小さな店こそ、この“ひとつにする”発想が強みになります。

 

たとえば、地方のパン屋さんが「パンを売る+朝の時間を楽しむ場所を提供する」として、コーヒーや読書スペースを組み合わせたとき、そこには単なる販売を超えた“暮らしの提案”が生まれます。

 

「花屋×カフェ」「靴修理×靴磨き教室」「八百屋×料理教室」──。足し算ではなく、掛け算の発想。そしてそれを“ひとつの体験”にまとめる力こそが、これからの時代の商いの差別化になります。

 

ハイマン・リップマンの偉大さは、技術よりも「人の気持ちを想像する力」にありました。「間違えたら、すぐに直したい」「わざわざ消しゴムを探したくない」という“人の小さな心の動き”を読み取り、形にしたのです。

 

商人の仕事も同じです。お客様の言葉にならない小さな不便を感じ取る力が、新しい価値を生む原点になります。リップマンの鉛筆は、その象徴なのです。

 

便利の裏にやさしさあり

 

ハイマン・リップマンの発明から、160年以上。鉛筆に消しゴムがついていることを、いま私たちは当たり前だと感じます。しかし、それは“誰かのやさしい発想”の積み重ねの上にあります。

 

商いとは、便利をつくる仕事であると同時に、人の気持ちに寄り添う仕事でもあります。

 

足すより、ひとつにする。
派手さより、使いやすさを。
そして、モノより“体験”を。

 

今日の一工夫が、未来の「当たり前」をつくるかもしれません。ハイマン・リップマンのように、“やさしさの発明家”として、お客様の小さな不便を見逃さない一日を過ごしたいものです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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