笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

“売る”から“支える”へ

近年、地方都市を歩くと、新しい葬祭場が次々にオープンしています。かつて結婚式場が林立したように、今は葬祭場が“雨後の筍”のように増えているのです。

 

この現象の背後には、「高齢化社会」という言葉だけでは語り尽くせない、暮らしと価値観の深い変化があります。そして、そこから見えてくるのは、これからの商いが目指すべき“やさしさの経済”という方向性です。

 

「祝う」から「見送る」社会へ

 

一昔前まで、地域のまちづくりは「にぎわい」をキーワードにしてきました。商店街には祭りがあり、結婚式場や宴会場が“人生のハレの日”を支えていました。

 

ところが、2020年代に入ってから、その風景が静かに変わり始めています。統計によれば、2024年には全国の死亡数が160万人を超え、約68万人の出生数の倍以上に上っています。つまり、「祝う」よりも「見送る」機会が、日常の中心に移ってきたのです。

この流れを象徴するのが、葬祭場の増加です。人口減少が進む地域ほど葬儀件数の比重が高まり、小規模であたたかみのある「家族葬専用ホール」や「一日葬」「直葬」に特化した施設が急増しています。もはや葬祭業は“終わりを司る産業”ではなく、“人生の最終章をどう生きるか”を支援する“ライフサポート産業”へと進化しているのです。

 

「人生サービス産業」という新市場

 

この変化の本質は、「高齢化」ではなく「個人化」です。かつて葬儀は「家」や「地域」が主催する儀礼でしたが、今は「本人の意志」を中心に据える流れが主流になりました。生前に自ら葬儀のスタイルを選び、写真や音楽、遺影のデザインまで決める“終活”が一般化しています。その背景には、「自分らしく生きたい」「最後まで自分の物語を演出したい」という、新しい“生き方の美学”があります。

 

たとえば、埼玉県春日部市のある葬祭場では、「大感謝祭」というイベントを開催し、税理士による終活講演やキッチンカー出店、写真撮影会などを通じて地域とつながっています。また、東京都のある葬祭場では「地域感謝の集い」を行い、落語会や防災訓練、子ども広場を通じて、斎場を“開かれた場”として活用しています。

 

葬儀の場が“悲しみの場”から、“感謝とつながりを分かち合う場”へと変わりつつあるのです。ここに見えるのは、「モノ消費からコト消費へ」ではなく、「人生消費」への進化です。人々は“生きる”だけでなく、“どう終えるか”まで自分で選びたい時代になりました。

 

「支える商い」の時代へ

 

この潮流は、葬祭業だけの話ではありません。いまや、医療・介護・保険・小売・住宅など、あらゆる分野で「人生の支援産業化」が進んでいます。商人にとっての問いは、「何を売るか」ではなく、「どんな人生を支えるか」になりました。

 

たとえば、花屋なら単なる供花ではなく、「お別れのあとも思い出を咲かせる鉢植え」を提案できます。飲食店なら、法要の仕出しを通して「家族の再会」を演出することができます。写真館なら、「生前写真」を“人生の証を残す肖像”として新たな価値に変えることができます。

 

つまり、これからの商いのキーワードは「サポート型消費」です。人が老い、別れを迎える社会において、求められているのは“悲しみを癒やす商い”ではなく、“生をまるごと支える商い”なのです。

 

これからの時代、華やかなイベントや派手な広告よりも、人の心にそっと寄り添う「静かな繁盛」が求められます。誰かの人生に寄り添うこと──それは、いちばん確かな需要であり、いちばん長く続く信頼でもあります。葬祭場が増える町の風景は、一見、哀しみを映しているようで、実は「支え合う社会への転換」を象徴しています。

 

商人とは、人の生き方とともに歩む存在です。“売る”ではなく“支える”に軸を置いた商いこそ、これからの日本で静かに輝きを放つことでしょう。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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