笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

“日常のごちそう”を育てた商人

朝8時になると、盛岡市長田町の一角に、パンの甘い香りが立ちこめます。通勤途中の会社員から始まり、制服姿の高校生、買い物帰りの主婦と多くのお客様が訪れます。皆が自然と列をつくるのは、創業76年を迎える「福田パン本店」のいつもの光景です。

 

注文カウンターの奥では、白衣姿のスタッフがてきぱきとコッペパンを切り、あんバター、ピーナツ、たまご、コンビーフと、次々に具を挟んでいきます。その様子を、おじいちゃんに抱っこされた幼い女の子が指を加えて見入っていました。「できたてですよ」と手渡される温かいパンを受け取ると、誰もが思わず笑顔になります。

 

この光景こそ、盛岡の“日常のごちそう”と言われる証拠です。平日は1日1万個、休日は1万5000個ほどが製造される福田パンは、単なるベーカリーではなく、地域の人々の心の風景になっているのです。

 

では、なぜこの店は半世紀以上も愛され続けてきたのでしょうか。その答えは、“理念を構造に落とす”という、商人としての見事な設計にあります。

 

 

「学生を満腹に」という原点

 

戦後間もない1948年。創業者の福田留吉さんは、酵母の研究者としてパンづくりを始めました。物資不足のなか、彼が思い描いたのは「学生たちに安くてお腹いっぱいになるパンを食べさせたい」という願い。

 

その想いから生まれたのが、いまのコッペパンです。一般的なサイズの倍近く、ふわふわでしっとり。1個でご飯2膳分のカロリーを摂れるというボリューム。これは単なる“お得”ではなく、「満腹=安心」という時代の欲求を的確に捉えた設計思想でした。

 

福田さんは、農学校の教鞭をとっていた宮沢賢治の教え子でもあり、その後に日本初の生イーストを開発した人物でした。賢治が説いた“農民芸術概論”の精神──「まごころのあるものづくり」を体現していたとも言えます。

 

つまり福田パンの原点は、味や流行よりも“人の幸福”を第一に置いた哲学にあります。理念を数字に、おもいやりを形に変えた商人の姿勢が時代を超えて人々の心をつかみ続けているのです。

 

 

できたてを渡す“体験”の商い

 

福田パンのもう一つの特徴は、目の前でサンドする販売方法にあります。お客は黒板の「おしながき」を見て、甘い系・惣菜系あわせて50種類以上の具材から好きなものを選びます。注文を受けると、スタッフがコッペパンを手に取り、その場で具材をのせて仕上げる。このライブ感が、単なる“購買”を“体験”に変えているのです。

 

さらに注目すべきは、オペレーションの設計です。注文は「組み合わせは2種類まで」「甘い系と惣菜系は混在不可」という明快なルール。自由を制限することで、迷いを減らし、回転を上げ、品質を安定させています。“お客様の満足”と“現場の効率”を同時に成立させる──それこそ繁盛店の共通点です。

 

価格設定も巧みです。定番のあんバターやピーナツバターは150円前後。惣菜系や限定品は200円台にから500円台に設定され、「毎日でも買える手ごろさ」と、ちょっと豪華に「選ぶ楽しみ」を両立しています。安さではなく、“納得感のある価格”が信頼を生む。その微妙なバランスを長年保ち続けている点に、経営の妙があります。

 

 

“思い出の味”を仕組みでつくる

 

福田パンは、単に本店を繁盛させているわけではありません。県内の高校・大学の売店、地元スーパーにも商品を卸しており、子どもから大人までが日常の中で出会う導線を築いています。「学生時代に食べた味」が、大人になっても忘れられない──それが“ソウルフード”と呼ばれる理由です。

 

店づくりも世界観が統一されています。校舎を思わせる外観、黒板メニュー、どこか懐かしい内装。“学校=青春の記憶”をそのまま再現し、食と情緒が一体化しているのです。このように空間と物語を一致させるデザインが、訪れる人の心を動かし、「また行きたい」「誰かに話したい」という感情を生んでいます。

 

さらに近年では、オンライン販売にも対応。遠方のファンにも“盛岡の味”を届けています。しかし、どんなに販路が広がっても、中心にあるのは地域。福田パンは、あくまで「地元の日常を支える店」であり続けることを大切にしています。

 

 

このように、福田パンの成功は偶然でも奇策の産物でもありません。「誰のために」「何を届けたいか」という理念を、味・製法・販売・価格・空間のすべてに貫いてきた結果です。学ぶべきは“理念を構造にする”ことにあります。お客様の笑顔を想い浮かべながら、商品のサイズ、値段、見せ方、渡し方を設計する。それができたとき、商いは単なる取引ではなく、“暮らしの一部”になります。

 

あなたの店でも、まずは「どうすればお客様が笑顔になるか」を軸に、主力商品の体験をもう一度見直してみてください。その問いを商品とサービスに落とし込めたとき、その一品が、やがて“あなたのまちの福田パン”になるのです。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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