「ユニクロの服とは、服装における完成された部品である。人それぞれのライフスタイルをつくるための道具である」
2025年8月期決算説明会で、株式会社ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が語ったこの言葉には、ユニクロという企業の原点と未来が凝縮されていました。そのスピーチのテーマは「服の民主主義」。それは、服をつくる側の都合ではなく、着る人の価値観から発想するという宣言でした。
「服の民主主義」とは何か
柳井さんは、「ユニクロの服は、世界中のあらゆる人のための服である」と語りました。その言葉には、単なるグローバル展開の意味を超えて、明確な理念が込められています。それは、“良い服”を一部の人の特権にせず、誰もが手にできるようにするという思想です。
ユニクロが実現してきたのは、安さではなく「合理性と美意識の融合」です。ヒートテックやエアリズムに代表される機能性インナーは、誰にとっても快適で、誰でも手の届く価格で提供されています。柳井さんが言う「服の民主主義」とは、まさにこの「誰もが心地よく生きられる服」を意味しています。
この考え方は、地域の小さな商店にもそのまま通じます。特別な商品を持たなくても、「誰にでもわかりやすく、気持ちよく使ってもらう」「暮らしを豊かにする」ことこそが、商売の本質だからです。“お客様にとってのわかりやすさ”と“心地よさ”を磨くことが、まさに「商いの民主主義」と言えるのではないでしょうか。
変わる勇気が未来をつくる
今回のスピーチの中で、柳井さんは「挑戦する」「危機こそチャンス」「商売のやり方を革新する」と何度も繰り返しました。世界的に景気が不透明で、原材料や人件費の上昇など厳しい環境が続く中でも、ユニクロは止まりません。
生成AIの導入による業務改革、リサイクル素材の拡充、デジタルと店舗を連動させた新しい販売体験──。これらすべての改革の起点は、「お客様のニーズ」です。柳井さんは「成長の近道はない」と明言しましたが、その言葉には、地道に変化し続ける覚悟がにじんでいます。
この姿勢は、どんな規模の商店にも当てはまります。「景気が悪い」「人手が足りない」と嘆く前に、「今のお客様は何を求めているか」「自分の店にしかできないことは何か」を考える。危機のときこそ、変化を生み出すチャンスがあるのです。
長く愛される商いをめざす
柳井さんは、「良い服を長く着る時代が来た」とも語りました。それは単に“長持ちする服”という意味ではなく、“長く愛される価値”を提供するという意味です。
大量消費の時代が終わり、これからは「長く使いたい」「またこの人から買いたい」と思っていただける関係づくりが重要になります。価格競争よりも信頼づくり。一度きりの取引よりも、末長い関係。それが、これからの時代の繁盛の条件です。
ユニクロが「服の進化」を目指すように、私たち商人も「店の進化」を続けなければなりません。商品だけでなく、接客、売場、情報発信──あらゆる面で「お客様にとっての価値」を問い直すことが、次の成長へとつながります。
「新しい産業をつくる」という発想
柳井さんは、「新しい産業をつくる」とも語りました。それは、服を売る企業から、「人々の暮らし方そのものを変える企業」へと進化するという意味です。ユニクロが服を“ライフウェア”と呼ぶのは、服を通して人の生活をより良くしたいという願いの表れなのです。
この発想は、地域の商業にも応用できます。たとえば、パン屋が「朝の元気を届ける場所」になり、文房具店が「学びと創造の拠点」になる。小さな店であっても、“自分の業種を再定義する”発想を持つことで、まったく新しい価値が生まれます。
「何を売るか」だけでなく、「どう社会を良くするか」。その問いを持つ商人こそ、次の時代に必要とされる存在です。
「お客様起点」に戻る
柳井さんが繰り返し語ったのは、「お客様のニーズを起点に、あらゆる業務を変える」ということでした。それは、大企業であっても、地域の商店であっても変わりません。お客様を中心に、仕入れ、接客、販売、情報発信のすべてを見直す。それが、「服の民主主義」に通じる行動原理です。
柳井さんの言葉には、世界的企業の経営者としての自負と同時に、一人の商人としての誠実さが感じられました。「成長の近道はない」という彼の言葉は、すべての商人に響く言葉です。お客様をまっすぐに見つめ、良い商品と誠実な姿勢で応え続ける。その積み重ねが、時代を超えて支持される商いをつくります。
「服の民主主義」とは、すべての人のための服を届けるという信念。そして「商いの民主主義」とは、すべてのお客様のために、店を磨き続けるという実践です。良い商品を、誰にでも、長く。その普遍の理念こそ、商業の未来を照らす灯であり、私たち一人ひとりの商いの道しるべとなるのです。







