笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

値上げラッシュ

私たちが毎日囲む食卓は、単なる日常の一場面ではありません。命と健康を育み、家族の絆を深め、文化や幸福を支える基盤です。しかし、今、その土台が大きく揺らぎ始めています。帝国データバンクが2025年10月に発表した調査によれば、飲食料品の値上げは留まるところを知らず、消費者の暮らしに深刻な影響を与えつつあります。

 

調査によると、2025年10月に予定されている飲食料品の値上げ品目数は3,024品目にのぼり、1回あたりの平均値上げ率は17%に達しています。年間累計ではすでに2万381品目が値上げ対象となり、前年の実績を大幅に上回りました。値上げが“例外的な事象”ではなく、日常的な現象へと変化していることが浮き彫りになっています。

 

 

値上げの背景にある複合的コスト増

 

値上げの背景には、複雑に絡み合ったコスト上昇があります。もっとも多く挙げられているのは原材料費の高騰で、実に96%を超える企業が影響を受けています。小麦や砂糖、乳製品といった基礎的な食材の価格が高止まりしており、食品メーカーにとって避けられない負担となっています。

 

加えて、物流費が約8割の企業でコスト上昇要因となり、人件費も半数の企業に影響を及ぼしています。最低賃金の引き上げや人手不足による人件費増は、食品製造や流通の現場を直撃しています。さらに、電気・ガスといったエネルギーコスト、包装資材の高騰も重なり、もはや一時的な要因とは言えない構造的な問題となっています。

 

かつては「円安」や「海外需給」といった外的要因が主でしたが、現在は国内の労務費や物流費といった“社会構造の変化”に根差したコスト増が主因となっている点が特徴的です。これこそが、値上げが恒常化する最大の理由だと言えるでしょう。

 

 

消費者の暮らしに忍び寄る影

 

こうした値上げの連続は、私たち消費者の暮らしに直接的な影響を及ぼしています。

 

第一に、実質賃金が伸び悩む中での値上げは、家計を圧迫しています。結果として「買う量を減らす」「買い控える」といった行動が広がりつつあります。スーパーの現場でも、まとめ買いを控え、特売品や割引品に集中する消費行動が目立つようになりました。

 

第二に、プライベートブランド商品の需要が高まり、価格を抑えた商品へとシフトが進んでいます。もちろん、PBの品質も向上しているものの、選択肢の幅が狭まることで「食の楽しみ」「食卓の彩り」が失われる懸念もあります。

 

第三に、家庭の食生活においても変化が起きています。栄養価の高い肉や魚、緑黄色野菜が敬遠され、比較的安価な炭水化物中心の食事に偏る傾向も報告されています。これは健康リスクにも直結する深刻な問題です。

 

 

食の安全・安心への揺らぎ

 

さらに懸念されるのは、値上げ圧力が「食の安全・安心」にも影を落とすことです。

 

コスト削減を迫られた企業が、より安価な原料や海外の調達ルートに切り替えざるを得ないケースも増えてきています。その過程で、十分な検査体制やトレーサビリティが維持できなくなるリスクが高まります。異物混入や産地偽装などの不祥事が再び起こる土壌が生まれるのです。

 

また、価格転嫁が十分にできない中小規模の農家や食品加工業者が疲弊することで、供給能力そのものが失われる恐れもあります。安全で多様な食材を支えてきた地域の生産者が撤退すれば、消費者にとっての選択肢は確実に狭まっていきます。

 

豊かな食生活が失われる未来

 

このまま値上げの流れが続けば、私たちの食卓から「豊かさ」が奪われかねません。

 

季節の食材を楽しむ余裕がなくなり、安価な定番食品に依存する食生活が広がるでしょう。地方の特産品や伝統食品も、流通コストや需要減で消えゆく可能性があります。それは単に味覚の問題ではなく、日本の食文化そのものの衰退を意味します。

 

食事が「栄養補給」のためだけの作業となり、心を満たす喜びや家族の団らんの象徴としての価値が薄れていく──それは社会全体の豊かさの喪失に直結します。

 

私たちができること

 

では、この危機に対して私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。

 

まず、消費者一人ひとりが「選ぶ力」を養うことが大切です。食品表示を確認し、産地や原材料の背景を意識して購入することは、安全性を守る第一歩になります。

 

次に、地産地消や旬の食材を取り入れることで、流通コストを抑え、新鮮で栄養価の高い食生活を守ることができます。小さな家庭菜園や地域での共同購入も、安全な食材を確保する有効な手段です。

 

さらに、食品の透明性や品質に真摯に取り組む企業を選んで応援することが、市場全体を健全な方向に導きます。そして、政策や行政への働きかけも欠かせません。農業や漁業の支援策、物流効率化への投資、食品安全基準の強化など、制度面での整備が必要だからです。

 

食の値上げは、単なる家計の問題ではありません。私たちの命、健康、文化、そして心の豊かさに直結する大きな課題です。値上げの現状を「仕方のないこと」と受け流してしまえば、安全も安心も、やがて失われてしまうでしょう。

 

しかし、危機を知り、考え、行動することで未来は変えられます。私たちが今日の買い物で何を選び、どの企業を支持し、どんな声を社会に届けるかが、明日の食卓を決定づけるのです。

 

「この店があってよかった」「この食材を食べられて幸せだ」と言える未来を守るために、今こそ一人ひとりが選択と行動を積み重ねていきましょう。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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