笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

自社の商品やサービスが「ある程度」売れているときほど、業界の常識や慣習に従っていれば「そこそこの成果」は出せるものです。しかし、この“安定”こそが、実は最も危険な兆候です。変化の激しい時代において、過去の成功体験に固執し続けることは、知らぬ間に緩やかな衰退の入り口に立っていることにほかなりません。

 

だからこそ、いま注目すべきは「異業種」からの学びです。業界を越えて視野を広げることで、思いもよらなかった気づきと出会い、自社に眠っていた可能性を呼び覚ますことができる。異業種には、固定観念にとらわれない視点と発想があり、それこそが“革新”の原点です。

 

異業種に学ぶ6つの視点

 

そこで、異業種の成功事例をひもときながら、次の6つの視点から自社変革のヒントを探っていきます。

 

1.顧客セグメントを変える
2.価格/収益構造を変える
3.顧客への提供価値を変える
4.販売方法を変える
5.外部とのコラボレーション
6.バリューチェーンで考える

 

第1回目の今回は、「顧客セグメントを変える」ことに焦点を当てます。これまでの顧客を否定するのではなく、価値の届け方を再定義し、対象とする顧客層を広げましょう。その視点から、ファーストリテイリング(ユニクロ)とワークマンの事例を考察します。

 

ユニクロ──衣料を「社会を変える手段」へ

 

「業界は過去」と語るのは、世界的アパレル企業ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長。この言葉には、業界の常識や過去の成功体験にとらわれず、未来を自らの手で切り開くという決意がにじんでいます。

 

同社は、もともと地方の小さな衣料品店からスタートしました。しかし、成長の過程で一貫していたのは「業界に染まらない」姿勢でした。むしろ、異業種に学び、業界の枠を超えて発想し続けることで、アパレルの概念そのものを革新してきたのです。

 

「服を変え、常識を変え、世界を変える」というファーストリテイリングの企業理念には、「衣料品=社会を変える手段」という視座が込められています。単なる「衣類の提供」ではなく、気候変動・衛生・ジェンダーなどの社会課題を、服という手段で解決する。そのために同社は、3つの異業種的な発想を武器にしています。

 

● テクノロジー企業としての発想
販売データや需要予測、在庫調整にIT技術を駆使し、「情報製造小売業」という新たな業態を創出。まるでAmazonのように、リアルとデジタルを融合した小売の新しい在り方を実現しました。

 

● 素材メーカーとしての発想
「ヒートテック」「エアリズム」といった機能素材は、東レなどと共同開発。日用品メーカーのように、素材から価値を設計する発想は、業界の常識を覆しました。

 

● グローバル製造業としての発想
トヨタの「ジャスト・イン・タイム」を応用したサプライチェーンによって、無駄を省きながらも世界需要に対応可能な製造体制を構築。日本発のグローバル企業としての力強さを発揮しています。

 

こうした変革の根底には、「誰に何をどう届けるか」という問いがあります。従来の「衣料=ファッション」という枠を越えて、「より多くの人の暮らしをよりよくする」ことに軸足を置いた結果、顧客層は性別・年齢・国籍を超え、世界へと広がりました。ユニクロは今や「日本の衣料品チェーン」ではなく、「グローバル社会課題解決企業」と言える存在になっています。

 

ワークマン──プロ向けから日常使いへ

 

一方、作業服専門店として長らく知られてきたワークマンは、近年驚くべき変貌を遂げました。背景にあったのは、「建設・製造業のプロ向け市場が頭打ちになっている」という危機感です。

 

この停滞を打破する鍵として、同社が取り組んだのが“顧客セグメントの転換”でした。2018年に登場した「ワークマンプラス」は、まさにその象徴的な一歩でした。

 

ワークマンプラスの主なターゲットは、「低価格で高機能な服を求める一般消費者」。とくにアウトドアやDIYなどを楽しむ層や、子育て世代の主婦・若者を強く意識しています。「プロ品質を誰もが手軽に着られる」ことをコンセプトに、商品の見せ方や店舗の雰囲気も大きく変えました。

 

● 店舗デザインの刷新
従来の無骨な印象を一新し、女性が一人でも入りやすい明るく清潔な空間に。ユニクロや無印良品といった先行企業の店舗設計を研究し、売場の心理的ハードルを下げました。

 

● SNS活用でブランドを再定義
「#ワークマン女子」「#コスパ最強」といったハッシュタグがSNS上で自然発生し、若年層から支持を獲得。インフルエンサーとのコラボ企画も話題となり、店舗には行列ができました。

 

● 多様性に応える新ブランド「COLORs」
近年では、性別・年齢・体型・使用シーンを問わないウェアを展開する「COLORs」シリーズを発表。ユニバーサルデザインの視点を取り入れ、さらなる市場の広がりを目指しています。

 

 

ワークマンが変えたのは、商品そのものではありません。機能性の高さはそのままに、届ける相手を変えたのです。プロ向けだった商品を、日常生活に生かす形で再定義したことで、従来の市場では得られなかったブランドの“新たな価値”を創出しました。

 

革新は顧客の再定義から始まる

 

ファーストリテイリングもワークマンも、業界の既成概念に頼ることなく、自らの意思で「誰に価値を届けるか」を定義し直しました。顧客を変えれば、求められる価値が変わり、商品の意味が変わります。そしてその結果、企業そのものの存在意義すら変わっていくのです。

 

現代は、技術やトレンドが変わる前に、顧客の価値観が変わる時代です。だからこそ、「この商品を、誰に、なぜ届けるのか?」を常に問い続けることが、企業が持続的に成長するための土台になるのです。

 

変化を怖れず、新たな顧客に挑む覚悟を持てるか。業界の枠を越えて視野を広げられるか。あなたのビジネスの未来は、その一歩にかかっています。

 

次回は、「価格/収益構造を変える」をテーマに、より収益性と持続可能性を両立させる革新の事例を掘り下げていきます。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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