笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

あなたの店はまちの宝

先日、ある地方の商店街を歩いていると、一軒の小さな中華料理店の跡に、白い貼り紙がありました。

 

「50年間、ありがとうございました。諸般の事情により、閉店いたします」

 

その店は、地元の人にとって「家族の行事には必ずあのチャーハンを」「初めてのお給料でごちそうしたラーメン」など、思い出が詰まった“まちの食卓”でした。閉店を惜しむ声が貼り紙に手書きで添えられていました。

 

いま、こうした光景は日本各地で静かに、しかし確実に増えています。

 

帝国データバンクが2025年7月に発表した調査によれば、今年上半期の飲食店倒産件数は458件。前年同期を上回り、通年では900件超の可能性があるとのことです。とくに厳しいのは、中小の個人店や地域密着の店舗です。物価の上昇、人件費の高騰、光熱費の負担──加えて、大手チェーンとの競争もあります。

 

しかし、こうした数字の背後には、あの中華料理店のように、地域に根づいた“誰かの人生の一部”となっていたお店が、静かに姿を消している現実があるのです。

 

 中小飲食店が取り組むべき3つのこと

 

① 数字を「見える化」し、経営の体力をつける

多くの中小飲食店が苦しむ原因の一つに、「経営数値の把握不足」があります。「今日は忙しかったからきっと利益も出たはず」「原価はこれくらいだろう」といった勘頼りの“どんぶり勘定”では、変化の激しい時代に対応しきれません。まず取り組むべきは、日次・週次・月次での売上、客数、客単価のチェック。さらに一歩踏み込んで、次のような項目を可視化しましょう。

 

原価率(食材費 ÷ 売上)
人気メニューでも原価が高すぎれば利益は出ません。高原価でも「看板メニュー」として他の注文を促す役割があるなら、それを戦略的に位置づけます。

 

FLコスト(Food+Labor)
飲食店の経費の大半を占める「食材費+人件費」を合算し、売上の何%に収まっているかを見るのが基本です。一般的には60%以内が目安。

 

1日当たりの損益分岐点
家賃、水道光熱費、通信費などの固定費を洗い出し、「何人来れば、何をいくつ売れば利益になるか」を具体的に試算します。

 

帳簿ソフトやクラウド会計サービスを活用すれば、手間を最小限にしつつ経営の現状が見えるようになります。数字は「現場の熱気」を冷静に支える羅針盤なのです。

 

② お客様との“関係性”を育てる

お客様は「食べたい」から来るのではなく、「あの人に会いたい」「あの空間に癒されたい」から来るようになります。大切なのは、一度来てくれたお客様とのつながりを途切れさせない工夫です。たとえば、次のような取り組みです。

 

LINE公式アカウントでの定期配信
新メニューやキャンペーンを届けるだけでなく、「今日は市場でこんな魚を見つけました」など、日常の一コマを発信することで親しみが生まれます。

 

Instagramでの調理風景やスタッフの紹介
料理の完成写真だけでなく、「この一皿にどんな想いがあるか」「どんなこだわりをもって作っているか」を伝えると、ファンが増えていきます。

 

手書きのニュースレターや感謝のハガキ
デジタル時代だからこそ、アナログの温もりが心に残ります。周年記念や誕生日にひとこと添えて郵送するだけで、「また行こう」という気持ちになります。

 

関係性を育てるとは、単に情報を発信することではありません。「あなたのことを覚えています」「また来てくれてうれしいです」と伝える、小さな積み重ねのことなのです。

 

③ 自分の店“らしさ”を磨く

どんなに味が良くても、「どこかで食べたような料理」「ありきたりな雰囲気」では記憶に残りません。これからの時代に必要なのは、“選ばれる理由”を持つことです。そのためには、自店の「らしさ」を丁寧に磨いていく必要があります。

 

メニューにストーリーを宿す
「祖母のレシピを再現したカレー」「毎朝5時に市場で選ぶ地魚の定食」など、背景にある物語をメニューに添えましょう。料理は“体験”になります。

 

空間や設えに統一感を
椅子や照明、BGM、器にいたるまで、どこかに“自分らしさ”を表現します。昭和レトロ、北欧風、和モダンなど、方向性を持つことで世界観が生まれます。

 

言葉づかいや接客にも哲学を
「いらっしゃいませ」ではなく、「こんにちは、今日も暑いですね」と声をかける。そこに人間味がにじむと、お客様は“店”ではなく“人”に会いに来てくれます。

 

「何をしているか」より、「なぜそれをしているか」を明確に語れることが、強みになります。自店の想いや使命を言葉にし、それを店づくり全体で伝えていく。そうすることで、他にはない“あなたの店だけの価値”が際立っていくのです。

 

「なくなってほしくない」店へ

 

「おいしい」だけでは、お客様は続きません。「ここに来ると、元気が出る」「店主の笑顔が見たい」──そんな“感情の記憶”があるから、また来てくれるのです。

 

経営環境はたしかに厳しいことは否定できません。でも、逆風の中でこそ、光る工夫と知恵が育ちます。中小飲食店は、まちの宝です。その宝を次の世代へつなぐために。数字を見て、心を配り、想いを磨きながら、「あの味」を未来にも届けていきましょう。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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