「言葉は、人と人とをつなぐ舟だ」
いま放映中のテレビドラマ「舟を編む」で、主人公・馬締(まじめ)が語ったこの言葉が印象的です。言葉が舟なら、それを編むのが辞書づくりという仕事です。ドラマに登場する人々は、目立つことのない舞台裏で、十年、二十年といった時間をかけて、ひとつひとつの言葉の意味を丁寧にすくい上げ、束ね、世の中に届ける舟を編み続けています。
その姿はまさに「つとめる」人たちの象徴です。黙々と、しかし情熱を内に秘めて、自分の役割に心を尽くす。彼らの仕事ぶりは、「働く」という行為が本来持っていた意味を、あらためて私たちに問いかけてくれます。
日本古来の言葉「つとめる」
「つとめる」は、古くは『万葉集』や『源氏物語』にも登場する日本古来の言葉です。もともとは「つとに(早くに、まじめに)」という語から派生したもので、朝早くから心を込めて働く、という日本人の生活感覚に根ざしています。
やがて時代が進むにつれて、「努める」「勤める」「務める」「勉める」「労める」など、さまざまな漢字が当てられるようになります。音は同じでも、それぞれの文字が示す意味は微妙に異なり、そこに日本語の豊かさと、働くという行為に対する多面的な価値観が映し出されています。
たとえば──
「努める」は、目標に向かって努力すること。
「勤める」は、職場や組織に身を置いて日々働くこと。
「務める」は、特定の任務や役割を果たすこと。
「勉める」は、学び、成長しようとすること。
「労める」は、誰かのために心身を尽くすこと。
いずれも、単なる労働や作業ではなく、「心を込めて力を尽くす」ことを意味しています。これこそが、日本人の労働観──すなわち、“働くとは、誰かのために尽くすこと”という精神性の表れではないでしょうか。
商人にとっての「つとめ」とは
私たち商人もまた、それぞれの立場で「つとめて」います。
お客様のために最善を「努める」。
地域や組織の一員として日々の責任を「勤める」。
商人としての役割を「務める」。
自らを高め、次代に伝えるために「勉める」。
誰かの笑顔のために心と体を「労める」。
こうした営みの一つひとつが、売上や成果を超えた“志の商い”へとつながっていきます。商人にとって「つとめる」とは、単に商品を売ることではありません。お客様の暮らしを少しでも良くすることを通じて、その人の人生に小さな幸福を届けること──その尊さに気づいたとき、商いは単なる経済活動ではなく、誠実な生き方そのものになるのです。
「つとめる」は明日への舟になる
『舟を編む』の登場人物たちは、言葉の意味を問い続け、社会と人の間に橋を架けようとしていました。彼らのように、私たちも「つとめる」ことで、誰かとつながり、自分を超えた世界と関わることができるのではないでしょうか。
つとめるとは──
自分の中の誠意を外に向けて差し出す行為。
未来の誰かに届けるために、今を大切に生きること。
言葉にできない想いを行動で編んでいくこと。
こうした営み自体が、私たちの人生という舟を、静かに、しかし確実に前へと進めてくれるのです。今日も、誰かが、どこかで「つとめて」います。それがどんな字であれ、そこには他者への思いや、誠実な生き方が宿っています。
私たちもまた、ひとりの商人として、自分に与えられた「つとめ」を果たしていく。その姿が、次の誰かの希望になる。そう信じて、今日も丁寧に、働き、暮らし、生きてまいりましょう。







