多くの商人が「利益」を追いかけ、「幸福」を願います。それ自体は決して間違っていません。しかし、目標にするあまり、そればかりに心を奪われたとき、不思議なことにそれらはするりと遠ざかってしまう――それが商いという営みの深さであり、難しさでもあります。
広島県尾道市にある「パン屋航路」は、その真理を体現している小さなベーカリーです。JR尾道駅から歩いてすぐ、観光客が多く行き交う通り沿いにあるこの店は、朝7時の開店前から行列ができる人気店です。しかし、開業当初から、店主は「たくさん売ること」や「急成長すること」を一切目指していませんでした。
パン屋航路がこだわるのは、「朝の幸せなひとときを提供すること」。だから仕込みは深夜から始まり、素材は地元産と国内産にこだわり、ひとつひとつ丁寧に焼き上げます。販売スペースは小さく、焼き上がったパンが並ぶとすぐに売れてしまいます。もっと生産を拡大すれば、売上も利益も伸びるはずです。けれど、店主はそれをしません。
「おいしくなる手間を惜しまず、毎日パンとお客様の声に耳を傾けたい」と語る店主の姿勢に、多くの常連客が共鳴しています。大規模チェーンの価格競争にも、SNSでの過激なプロモーションにも乗らず、ただひたむきに「誰かの朝に寄り添うパン」をつくり続ける。その姿勢こそが、結果として利益と幸福を呼び寄せているのです。
もしこの店が「もっと売上を」「もっと広く知名度を」と、利益や注目ばかりを追っていたら、いまのような穏やかな信頼関係や、店に漂う心地よい空気感は失われていたかもしれません。
商いとは、目先の数字を追うものではなく、人の心を見つめ、育む営みです。利益も幸福も、その先に自然と育っていく“果実”のようなもの。だからこそ、それを直接追うのではなく、日々の行いと誠意を重ねることに集中すべきなのです。
幸福も利益も、追うと逃げる。けれど、誰かのために真剣に尽くせば、ふとした瞬間にその背中にそっと寄り添ってくれる。それが、商いが私たちに教えてくれる、静かで確かな真理なのです。
幸福と利益は
同じではないが
追いかけると
逃げていく点が同じだ






