「経営とは問いから始まる」
この言葉を遺したのは、経営学の巨人、ピーター・ドラッカー。彼は、経営者にとって本質的な問いを、わずか5つに集約しました。どの問いも簡潔でありながら、一見すれば誰もが一度は考えたことのある内容ばかりです。
しかし、そのあまりの基本さゆえに、深く考えることなく流されてしまうことも少なくありません。だからこそ今、専門店を営む私たちにとって、この「問い」に立ち返る意味があるのです。
私たちは日々、さまざまな業務に囲まれています。仕入れ、品出し、接客、SNSでの発信、数字の確認、従業員の育成、販促計画の立案など、目の前の仕事は次々に発生します。どれもが重要であることは間違いありません。しかし、いつの間にかそれらが単なる「作業」となり、惰性で動いてしまう瞬間はないでしょうか。
「何のためにこの仕事をしているのか」「誰のために、どんな価値を提供しているのか」といった問いを持たずに日々を過ごしていると、気づかぬうちに店の軸がぶれていきます。やがて顧客にも“この店らしさ”が見えなくなり、価格や利便性だけで選ばれる存在へと埋もれてしまいます。それは、専門店にとって最も避けたい状況です。
ドラッカーの「5つの質問」は、こうした迷いを断ち切り、自らの位置と進むべき方向を確認するための羅針盤になります。
Q1. 私たちのミッションは何か?
Q2. 私たちの顧客は誰か?
Q3. 顧客にとっての価値は何か?
Q4. 私たちの成果は何か?
Q5. 私たちの計画は何か?
これらの問いは、「正解を導くための質問」ではなく、「問い続けるための問い」です。だからこそ、経営という航海において、繰り返し自らに問い直す価値があるのです。
日常に「問いの力」を取り入れる
実際に、繁盛している専門店ほど、この「問いの力」を日常に取り入れています。
たとえば、東京・蔵前にある文房具専門店「カキモリ」は、「書くことの楽しさを届ける」というミッションを掲げ、自分だけのノートをつくれるカスタムサービスを展開しています。筆記具は単に並べるのではなく、試し書きができるスペースや、使用感を共有する場を工夫し、「書く」ことの価値を再発見できるようにしています。「なぜ“書くこと”なのか」「誰のために届けたいのか」と問い続けたからこそ、ユニークな商品と体験が生まれ、いまや世界中から来店者が訪れる店となっています。
もう一つの例は、東京・青山に本店を構える「カレルチャペック紅茶店」です。創業者である紅茶研究家・山田詩子さんが掲げたミッションは、「おいしい紅茶と、すこやかな暮らし」。単に茶葉を販売するだけでなく、ポストカードのような愛らしいパッケージや、紅茶に合う焼き菓子、さらには紅茶にまつわる絵本や雑貨にまで及び、「紅茶のある物語のような日常」を丸ごと提案しています。
店頭では紅茶の淹れ方や楽しみ方を丁寧に伝え、SNSや動画でも暮らしに寄り添う情報発信を続けています。「おいしい紅茶を届けたい」という初心を、時代に合わせた手法で伝え続けていることが、多くのファンの支持を得ている理由です。
問いは、未来の行動を生む原動力です。そしてそれは、経営者一人が抱えていても力を持ちません。スタッフ全員で問いを共有し、それぞれの仕事に活かすことで、店全体の一体感と価値が高まっていきます。
インテリア雑貨店「D&DEPARTMENT」では、創業者・ナガオカケンメイさんの理念である「ロングライフデザイン」に基づき、すべての商品や接客にその哲学が貫かれています。なぜこの商品を扱うのか、なぜこの価格なのかを、すべてのスタッフが説明できる状態にあるのです。「顧客にとっての価値とは何か」を全員で問い続けている結果といえます。
このように、日常に問いを置いておくことで、店は「思いつきで動く存在」から「意志をもって動く存在」へと変わります。毎日の判断や行動を、ミッションに照らして見直す習慣が、結果としてスタッフの成長を促し、顧客からの信頼を積み上げていくのです。
価値観の変化と「問い」の重要性
いま、消費の価値観が大きく変わりつつあります。「安いから買う」「便利だから選ぶ」という基準から、「この店だから買いたい」「この人から買いたい」という関係性の価値へと、時代は移行しています。専門店にとって、これは大きな追い風です。なぜなら、他にはない独自の価値を提供し、顧客とのつながりを大切にしてきた業態だからです。
しかし一方で、「私たちの強みは何か」「誰の役に立てているのか」という問いを忘れてしまえば、せっかくの価値も埋もれてしまいます。時代の流れにただ乗るのではなく、自ら問い、考え、選び取っていくことが求められているのです。
そのためにこそ、ドラッカーの「5つの質問」は大きな力を発揮します。この連載では、次回からこの5つの問いを一つずつ掘り下げてまいります。それぞれの問いは、単なる経営戦略ではなく、商いに込めた想いを見つめ直し、よりよい未来を築くための道しるべとなるものです。
第2回のテーマは「私たちのミッションは何か?」。ともに原点に立ち返り、自店の存在意義を深く考える時間を持ちましょう。







