商いの道を志す者にとって、日々の仕事とは何でしょうか。売上を上げること、業務を効率化すること、話題の商品を見つけること——たしかにどれも大切です。しかし、その根本にあるべきものは「人に尽くす」という心ではないでしょうか。
ある日、都内の書店を取材したときのこと。その書店は、長らく街の外れで営業を続けている小さな店でした。大型チェーン店の進出、ネット書店の台頭、若者の読書離れなど、幾重にも及ぶ逆風のなか、なぜこの店は続いているのか。それを尋ねた私に、店主は静かにこう答えました。
「うちはね、流行りの本より“その人に必要な本”を届けたいんです。だから、お客さんの顔を見ると、だいたい次に読みたくなる本が浮かぶんですよ」
実際にお客様のひとりが来店したとき、店主は迷うことなく一冊の本を差し出しました。「ちょうど仕事の悩みがあって……」と語るお客様は、驚いたように「どうしてわかったんですか?」と声を上げました。
このやりとりに、私は“商人の本質”を見た気がしました。つまり、「売る」ではなく「尽くす」という姿勢。その繰り返しが、お客様との信頼を築き、店の未来をつくっていくのです。
商人にとっての利益とは
私が尊敬する昭和の商業思想家・倉本長治は、「商人にとって利益とは、お客様からの『ありがとう』の数である」と語っています。つまり、感謝の総量がそのまま商売の価値になるのです。
それは、小売業に限った話ではありません。飲食店でも、サービス業でも、ものづくりの現場でも、「この人にお願いしてよかった」「またここに来たい」と思われるかどうかが、仕事の真価を決めるのです。
私は拙著『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』の中で、「店は客のためにある」という言葉を何度も取り上げています。それは単なるスローガンではなく、日々の決断の基準です。
・商品を仕入れるとき
・値段をつけるとき
・陳列を考えるとき
・声をかけるか迷うとき
そのすべてにおいて、「これは本当にお客様のためか?」と自分に問いかけること。そしてその問いを忘れない限り、商いはどんな時代にも通用します。
「希望の伝道者」への弔辞
書店「読書のすすめ」店主・清水克衛さんが2025年6月21日、出張先でお亡くなりになりました。ご逝去の報に接し、心より哀悼の意を表します。
本を通じて人生をよりよくする道を示し続けてくださった清水さん。「一冊の本が人を変える」――その信念のもと、数え切れない人々の心に灯をともされたこと、私たちは決して忘れません。
ご自身の言葉と行動によって、「本を売る」ことの意味を超え、「人を励まし、勇気づけ、人生に寄り添う」ことを教えてくださいました。それはまさに“現代の商人”の姿そのものであり、本と人との間に信頼を築く「希望の伝道者」でした。
清水さんが選び、手渡してくださった本は、多くの人の人生の転機となりました。時には背中を押し、時には心を癒し、時には目覚めを促す──そのお仕事はまさに「生き方を提案する書店人」でした。
そのあたたかさ、誠実さ、行動力、すべてに、深い感謝と尊敬の念を抱いています。そして、清水さんが遺してくださった想いと志は、これからも「読書のすすめ」という場所、そこに集う人々の中で生き続けることでしょう。
どうか安らかにお眠りください。これまでのご尽力に、心からの感謝を申し上げます。