商いの世界に生きる私たちにとって、組織を預かる立場となったとき、もっとも難しく、もっとも大切な仕事とは何でしょうか。それは「任せる」という技術です。岡本文宏さんの新著『リーダーの任せる技術』(あさ出版)は、この普遍にして切実な問いに、あたたかくも具体的な答えを示してくれます。
著者は、こう語ります。「部下に任せるのは不安。でも、自分で全部やるのはもう限界」。このジレンマに悩むすべてのリーダーに向けて、著者は「任せるとは、楽をすることではない。未来をつくることだ」と断言。ここには、経験を積んだ商人のような、深い納得があります。
本書の魅力は、単なる理論や心構えではなく、実践に落とし込まれた知恵の集積にあります。たとえば「任せ上手になるためのコミュニケーション力の磨き方」(第2章)、「任せるときに言ってはいけないNGフレーズ集」(第4章)といった章立ては、どれもすぐに実行に移せる内容ばかり。
とりわけ印象的だったのは、「任せ上手は、訊き上手である」という一文。相手の状況を理解し、心を汲み、最適な役割を託す。そこにこそ、信頼という見えない資産が生まれるのです。
また、著者は「任せることができないのは、自分のやり方にこだわりすぎているからかもしれません」と、自戒を込めて語ります。その姿勢に、部下の成長を願う真摯な愛情が滲みます。
リーダーの器量とは、自分が動くことではなく、周囲が自然と動き出す「場」をつくること。そのために必要なのは、命令や管理ではなく、「任せる」という信頼の表明です。まるで、仕入れ先を信じ、常連客を信じ、時に見えぬ天の采配すら信じる老舗商人のように——。
本書は、経営者、管理職、そして家業を預かるすべての商人に読んでほしい、現代の「任せる道」の指南書。任せることができれば、人も組織も、きっと強く、優しくなる。そんな希望に満ちた技術が、ここにはあります。