笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

今月のお悩み:リスクを冒した挑戦はなぜできないのか?
「大成長を遂げた企業は、リスクを厭わずに挑戦した過去があるといいます。しかし、経営者として、自分の任期は安定飛行を続けたいです……」

 

経営に安定を求めるのは当然の心理です。任期中は大きな混乱を起こさず、着実に組織を維持したい。従業員や取引先、顧客に対する責任を考えれば、冒険よりも現状維持を優先したくなるのは自然なことでしょう。

 

しかし一方で、現状維持とは「動かない」ことではありません。時代の変化が激しい今、「何も変えない」という選択こそが、最もリスクの高い経営判断となりうるのです。

 

市場は刻々と変化し、競争環境も新たなプレイヤーの出現によって揺さぶられています。環境が変わっているのに、自社だけが変わらなければ、やがて顧客から見放され、組織の中にさびつきが生まれてしまうでしょう。

 

リスクを冒した挑戦ができない理由の一つは、「既存の成功体験」が足かせになっている場合が多い。今までうまくいってきた方法、顧客に受け入れられてきた商品やサービス、それを支える業務の仕組み──それらを壊してまで新しい道を試す必要があるのか、という問いが脳裏をよぎります。

 

だが、過去の成功モデルは、必ずしも未来に通用するとは限りません。

 

ここで一つ、ユニークな挑戦によって転換を図った企業の例を紹介します。三重県の中堅食品メーカー「おやつカンパニー」は、昭和から続くロングセラー「ベビースターラーメン」で知られています。しかし、少子化や健康志向の高まり、スナック市場の多様化などによって、かつての勢いに陰りが見えはじめていました。

 

その中で同社は、既存商品のテコ入れだけでなく、まったく新しい顧客体験の創出に挑みました。2018年、三重県津市にオープンした「おやつタウン」はその象徴的な試みです。単なるスナック工場の見学にとどまらず、家族連れが一日中楽しめるテーマパークとして企画されました。来場者はベビースターを自分で手づくりできる体験や、遊具、レストランなどを通じて、ブランドに没入できます。

 

このプロジェクトは、経営資源を大きく投下する高リスクな挑戦でした。そもそもスナックメーカーが観光施設を運営するという発想自体、業界内でも異例でした。それでも踏み切れたのは、「商品の価値を“モノ”から“体験”へと進化させなければ、生き残れない」という危機感があったからです。

 

結果として「おやつタウン」は、コロナ禍の一時的な閉鎖を乗り越え、家族客を中心に高い評価を得る施設となりました。同時に、ブランド自体のイメージ刷新にもつながり、新規ファン層の獲得や販促キャンペーンとの連動など、商品販売にも好影響をもたらしています。

 

このような挑戦は、必ずしも「大胆な賭け」とは限りません。重要なのは、撤退可能な範囲でリスクを制御し、段階的に試行錯誤を重ねていく戦略です。おやつカンパニーも最初から全国展開を目指したわけではなく、地元でのテストと地域の協力をベースに一歩ずつ前進してきました。

 

組織の中にも、変化を嫌う空気があるかもしれません。「今のやり方で十分」「冒険する必要はない」といった声は、表面的には安定を支持しているように聞こえるが、実際には未来への準備を怠る危険な兆候です。経営者が挑戦を恐れれば、社員も動かなくなります。挑戦する姿勢は、経営の文化そのものなのです。

 

任期の中で結果を残すには、波風を立てない方が効率的に思えるかもしれません。だが、後世に残る仕事とは、多くの場合、「変化の起点」になった仕事です。安定の中にあるリスクを見抜き、あえて小さな挑戦の種を蒔くこと。たとえその花が自分の任期中に咲かなくても、それが未来の組織を守る力になるでしょう。

 

挑戦とは、大きなギャンブルではありません。未来を守るための誠実な備えです。そして今、その一歩を踏み出す勇気が最も確かな経営の安定につながります。

 

#お悩みへのアドバイス

現状維持は退化の始まり
成功体験に縛られるな
小さな挑戦を恐れるな
変化こそ最大の安定である

 

※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。また、オンラインメディア「Wedge ONLINE」でもお読みいただけます。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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