◆今日のお悩み
「取引先や同僚との意見の相違があり、難航している案件があります。何とか状況を打開したいです。どのような姿勢で臨むべきでしょうか。
意見が対立して話し合いが進まないとき、人は往々にして「正しさ」で相手を説得しようとします。しかし現実のビジネスでは、「理屈が通るか」よりも、「こいつとなら話ができる」と思ってもらえるかどうかが交渉の成否を分けます。
1980年に誕生し、いまや国内外に1300店舗超を展開する「無印良品」(良品計画)には、それを示す実例があります。
かつて同社が地方の食品メーカーと協業して新商品を開発していたとき、製造工程をめぐって意見が大きく食い違いました。原材料にこだわる良品計画は、化学調味料を使わないレシピとしたい。だが、メーカーは保存性や生産効率の観点から譲れないと主張。話し合いは平行線となり、打ち切りもやむなしという空気が漂い始めていました。
このとき、良品計画の担当者は「もう一度、工場を見せてほしい」と申し出ました。過去に一度視察していましたが、あらためて現場を歩き、製造工程の各段階での工夫や品質管理の実態を詳しく確認したのです。そして、見学後の打ち合わせでは、相手の立場に立って「この工程なら、こういう代替素材が活用できるのではないか」「この手間を減らすことで、別の工夫ができるのでは」といった具体的な提案を出しました。
これによりメーカー側の警戒感が解けていきました。「良品計画はうちの現場をわかろうとしてくれている」という信頼感が芽生え、話し合いは一気に進んでいきました。
最終的に、保存料や化学調味料を使わず、かつ製造効率も保てる折衷案が生まれ、新商品は全国の店舗で販売されるヒット商品となりました。こうした商品開発の積み重ねにより、同社の食品カテゴリーは成長を牽引する重要な柱となっています。
このように信頼関係は「譲歩」や「情」によって築かれるのではなく、「相手の現実にどれだけ歩み寄るか」によって生まれます。担当者がただ「お願いする」姿勢だったなら、話は進まなかったでしょう。現場に足を運び、自分の目で見て、自分の言葉で語ったからこそ、相手も心を開いたのです。
対話がかみ合わないとき、人はつい「わかってくれない」と感じるものですが、相手も同じように思っています。まず、こちらがわかろうとすることが関係改善の第一歩となります。
もう一つ大切なのは、共通の目的を見失わないことです。良品計画と食品メーカーは、「安全でおいしい商品を顧客に届けたい」という点では一致していました。価値観が共有されていれば、手段に違いがあっても対話は続けられます。むしろ、手段の違いは新しいアイデアの種にもなります。
「こいつとなら話せる」と思わせるには、話し方より姿勢と行動がものを言います。時間を惜しまず現場を訪れ、相手の立場を尊重し、自分の主張も根拠を持って丁寧に伝える。その地道な積み重ねが、難航する交渉をひっくり返す力になるのです。
ビジネスの本質は理屈の勝負ではなく、信頼の構築にあります。信頼があれば、たとえ激しい対立があっても関係は壊れません。むしろその衝突を通じて、より強固なパートナーシップが生まれることさえあります。
対話がかみ合わないと感じたときこそ、信頼を築くチャンスだととらえたい。相手の目線に立ち、自分の言葉で、自分の足で橋をかける。それがビジネスの現場で生きる「商いのレッスン」なのです。
#お悩みへのアドバイス
長期の信頼よりも
短期の儲けを選ぶと
一時の儲けは得られても
長期の繁盛は得られない
※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。また、オンラインメディア「Wedge ONLINE」でもお読みいただけます。