「15年かけて僕は実にいろいろなものを放り出してきた。まるでエンジンの故障した飛行機が重量を減らすために荷物を放り出し、座席を放り出し、そして最後にはあわれなスチュワードを放り出すように……」
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」という書き出しで始まる村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』は1979年刊行。審査委員を務めていた丸谷才一、吉行淳之介から高い評価を受け、第22回群像新人文学賞を受賞した作品です。
この小説を初めて読んだのはたしか大学1年生の頃のこと。冒頭に記した文章はその後も、なぜだか折に触れて思い出すフレーズでした。人生にとって大切なのは執着するのではなく、手放すこと。手放すから、新しいものが手に入り、新しいことが訪れます。
また同書には、主人公の「僕」が語る、こんな一文もあります。
「あらゆるものから何かを学び取ろうとする姿勢を持ち続ける限り、年老いることはそれほどの苦痛ではない。」
以来、自分に課していことの一つです。あれから40年余りが経った今、この一文を実感します。学ぶことをやめないかぎり、人は成長を続けられます。
あらゆることとは、あらゆること。目上からも年下からも、偉人からも犯罪者からも、新聞・雑誌からもテレビからも、仕事からも遊びからも、ビジネス書からもマンガからも、そして成功からも失敗からも、ということだと理解しています。
還暦を過ぎ、あらためてその思いを強くしています。知ったかぶりをしていないか? 己の知識の中で安住していないか? 視野が狭く、耳が心地よい音しか受けつけなくなっていないか? そんな自問自答を心掛けています。