実の商人は先も立ち、我も立つことを思うなり――とは、江戸期に活躍、商人に道を示した石門心学の祖、石田梅岩の言葉として知られています。
「まずはお客様を立てる。続いて、仕入先や取引先を立て、従業員を立てる。己は最後です。自分が先に立っては何ごともうまくいかないでしょう」
全国の同業者から“師”として慕われ、スポーツ用品専門店として日本有数の顧客支持と専門性を備える「フタバスポーツ」の橋本正彦さんを支えたのが、この梅岩の言葉でした。
学生時代は箱根駅伝に4年連続で出場するほどの陸上選手として活躍。1962年、大学卒業と同時に「フタバスポーツ」を創業、チェーンストアを目指して店舗展開を進めました。1989年には、さらなる展開の足掛かりとして某大手スポーツ用品専門店チェーンと提携。
しかし、1996年に提携先が倒産、そのあおりで同社も存続の危機に立たされます。そこで橋本さんは事業を縮小、チェーンストアではなく専門特化した店として再出発を切りました。
問題は仕入れでした。同社も連鎖倒産するという噂がまことしやかに流され、メーカーも問屋も、そして従業員すら離れていきました。それでも橋本さんは諦めることなく、メーカーや問屋へ何度も足を運び、取引の交渉を続けました。
橋本さんの熱意に心動かされたのか、粘り強さに根負けしたのか、やがて一社、二社と取引できるようになっていきました。そして、このときに取引を始めた企業とは今日まで、フタバスポーツ側から取引停止を申し入れたことはないそうです。
梅岩の名言を知ったのは、まさにこうした取り組みの最中でした。「あのときは相手のメリットも考えないと取引に応じてもらえませんでしたから、無我夢中だっただけですが、後々になって考えれば、これが真理だと思います」と振り返ります。
それからのフタバスポーツは「専門店」としてサッカーを核にしたカテゴリーの選択と集中にまい進します。売場の担当者に権限を委譲、顧客のいちばん近くにいる“現場”に仕入れを任せました。
「ただし、仕入れを考える際に、予算はなるべく意識させないようにしています。原価や利益よりも欠品させないことのほうが大切だからです。商品回転率もうるさく言いません。売上が上がれば、おのずと良くなります。先に考えるべきは、いかにお客様を感動させる店をつくるかということでしょう」
サッカーシューズの販売では、2店舗で11万足強という日本有数の品揃え。しかも、一足一足を足形計測した上で販売。押しも押されぬ日本を代表する専門店として、多くのお客様に愛されています。実の商人は先も立ち、我も立つことを思うなり――とはこういうことです。
この1月23日に85歳でご逝去されました。生涯現役を貫いた偉大な商人でした。謹んでお悔やみを申し上げます。