笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

バス・タクシーなどの車内での乗務員氏名の掲出義務が廃止されたのは、道路運送法が一部改正された2023年8月1日のことでした。いま、自治体や民間企業のサービス職などでも、名札のフルネーム表記の廃止が進んでいます。

 

たとえばタリーズコーヒーは、2022年5月から名札の表記をイニシャルにしました。その理由は「従業員が安心して働ける環境をつくるため」と同社は説明しています。

 

その背景には、インターネットでの個人情報の特定、晒し行為、ストーキングなどのハラスメントといった著しい迷惑行為の問題があります。SNSによって誰もが手軽に情報を発信できるようになった一方で、働き手のプライバシーの保護が急務になっているのです。

 

パーソル総合研究所が2024年6月5日に発表した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」では、顧客折衝があるサービス職の35.5%が「過去に顧客からのハラスメント・嫌がらせを受けた経験がある」と回答しています。さらに、32.6%が「職場でのカスハラがここ3年で増加した」と回答しています。

 

SNSでは過激な投稿はすぐに拡散されます。そして、その投稿が対象者の理解や許可を得ていない一方的な内容でも、見知らぬ人々がその事件について語り、一気に炎上へと発展してしまうことが多々あります。このようなことから、「クレームや苦情があった場合、顧客と組織との問題として取り組む」という姿勢とともに、実名の名札を廃止する企業が増えているのです。

 

また、インターネットで名前を検索すれば、個人情報を得やすい時代です。たとえば、Facebookなどの実名型SNSでは、その人がもし登録していればすぐに見つけることができてしまいますし、過去に在籍していた職場や学校のウェブサイトで写真や名前が掲載されていれば、それらからその人の過去を知ることができてしまうのです。

 

顧客と店員(職員)という間柄で、顧客から一方的に未公開のプライベートな情報や過去を知られてしまうのは気味のよいものではありません。さらに、つきまといや拡散の可能性を考えると、職場の安全配慮義務に違反する恐れもあります。

 

こうしたことから、実名のフルネームの表記をやめ、苗字のみにしたり、タリーズコーヒーのようにイニシャルにしたりする企業が増えています。薬局やドラッグストア勤務の薬剤師・登録販売者では、2022年の厚労省による薬事法の一部改正によって、「姓のみ」「氏名以外の呼称」などの名前表記が可能となっています。

 

しかし、良好な人間関係を築く上で大切なのは、相手の名前を覚えることです。名前を呼ばれるということは、「相手が自分の名前をおぼえ、自分に興味を持っている」「自分に好感を抱いている」ことの表われです。つまり、お客様に名前を呼んでいただけるのは、お客様との親しさの証明です。

 

 

アメリカの自己啓発家、デール・カーネギーは自著『人を動かす』で、「人に好かれる六原則」を提唱しています。

 

1.誠実な関心を寄せる
2.笑顔を忘れない
3.名前をおぼえる
4.聞き手にまわる
5.関心のありかを見抜く
6.心からほめる

 

これらは接客の要諦としてもそのまま活用できるものですが、ここでも名前をおぼえることの重要性が挙げられています。お客様の名前をおぼえることはもちろんですが、お客様から名前をおぼえてもらうことも同様に大切です。

 

しかし、それが名字だけだったり、イニシャルだったり、さらには名前を明らかにしなかったりするようでは、お客様から好かれることはできません。実名がプライバシー保護、カスハラ防止の観点から望ましくないなら、せめてビジネスネームは明らかにしたいものです。

 

俳優に芸名があり、作家にペンネームがあるように、販売員や店舗スタッフにもその人らしいもう一つの名前が必要ではないでしょうか。なぜなら店は舞台だからです。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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