「今春オープンです」
そのように年賀状で知らせてくれたのは、北海道の名菓商「六花亭」の三代目。1933年、帯広市で「帯広千秋庵」の名で創業以来、いくら引き合いがあろうと地域菓子店として北海道内のみに出店していた同社が、67店舗目にして初めて道外、しかも米国カリフォルニア州に出店するというニュースが報じられたのは2024年4月のことでした。
当初は同じ年の秋には開店と報じられましたから、半年ほどの遅れです。その理由が、いただいた年賀状によると「工事が遅れに遅れて」とのこと。続いて「準備の中でも不測のことが次々と出てきて、延期になったのも『もっと準備しなさい』という声だったと思っています」と三代目。
そう、中途半端な店を開けるのは六花亭らしくないでしょう。そして本当に良い店とは、開店直後よりも時を重ねるごとに良くなっていくものです。店とは単なる商品を並べる「器」ではなく、一人ひとりのお客様に愛顧され、そこで働く従業員が日ごとに確実に成長していくことを目的とする神聖な場です。
海外出店の目的として、ニュースでは「国内の店舗を訪れる外国人客が増加することを見込み、特に、英語でアメリカやヨーロッパ圏の外国人客に対応できるスタッフを育成することも狙い」と報じています。ここで気になるのは「狙い」の前に置かれた「も」の一字。これは、そのほかにもっと重要な狙いがあることを意味しています。
それは何でしょうか。思いをめぐらせていると、昨年お会いした折の「売上はいずれ天井を打つ。そのとき、売上に代わる価値観を今からつくりたい」という二代目の言葉を思い出しました。「売上に代わる価値観」とは何を指し、それはどうすれば得られるのでしょうか。
そのヒントはやはり報道の中の「語学力だけでなく、コミュニケーション能力を備えた社員を育て、サービスの向上を目指したい」という一文にあります。価値とは「社員」であり、彼らによってなされる「サービスの向上」にほかなりません。
「おいしいお菓子を作ろう 楽しいお買物の店を作ろう みんなのゆたかな生活を作ろう そして成長しよう」とは、創業者が定めた同社の基本精神。成長とは何でしょうか。それは同社に働く一人ひとりの人間としての成長にほかなりません。おいしいお菓子、たのしいお買物の店、ゆたかな生活は、それなしには成しえないのです。