◆今日のお悩み
良い商品なのに狙った客層にリーチできずに困っています。プロモーションのコツを教えてください。
良い商品なのに……。売れ行きの悪い商品を抱える売り手の多くが口にする常套句です。
誰にとって良い商品なのでしょうか。それが自分にとってでは論外ですが、お客様にとって良い商品でも、伝わっていなければ価値は無に等しいのです。
これは、長い伝統を誇る業界のありがちな慣習を見直し、新たな価値を創造した起業家の話です。
「義父母から贈ってもらったけれど、どうしてもキャンセルしたい」という電話をかけてきたのは、小さなお子さんを持つ若い母親だったといいます。
同じような電話を何本も受け、その人は自らが身を置く業界に強い危機感をおぼえました。節句人形製造販売「ふらここ」の創業者、原英洋さんです。
桃の節句と端午の節句は子の成長を願い、家族の絆を深める機会として古くから親しまれる日本の伝統的な季節行事です。しかし、その市場は衰退を続けているのです。
団塊の世代のころには270万人あった出生数がいまや70万人を割り込もうとしています。さらに、節句人形を購入するのは、その3分の1にまで減っているといわれます。
問題の根源には「伝統の呪縛」があります。七段飾りの雛人形に象徴されるように、節句人形を飾るには広いスペースが必要ですが、現代のライフスタイルにはそぐいません。
人形の顔はうりざね顔をもって良しとされ、そうしたものをつくれるのが良い職人とされてきました。しかし、それは今の子育て世代の好みにはほど遠いものでしょう。
需要減少の結果、業界には値引き販売が横行しました。価格は下がり続け、そのしわ寄せは作り手である職人に及んでいきました。
伝統的な業界ゆえに、その伝統が変化への対応を邪魔しました。節句人形は、人形のパーツを作る職人、組み立てる職人、それらを差配する卸、そして販売店という多層的な構造を持っています。その複雑さも、変化への対応を遅らせました。
原さんは、こうした業界の呪縛から自由になろうと「ふらここ」を2008年に創業。顧客ニーズに耳をすませ、コンバクトなサイズ、赤ちゃん顔のかわいらしいデザイン、インターネットによる販売、製販一体のビジネスモデル、そして職人を大切にする経営を追求。かつて、キャンセルせざるを得なかった若い母親が抱えていた悩みにこたえるプロモーションを続けました。
結果、値引きとは無縁で、創業から15年間で売上高を13倍に伸ばしていきました。原さんは、節句人形を買う「3分の1」のマーケットを狙って価格競争をしたのではなく、節句人形を買わない「3分の2」のマーケットの“買わない理由”を解消していったからです。
商売とは、不便、不満、不足、不利、不快といった「不の解消提案業」です。あなたの商売に見落としている「不」や、伝えたつもりで伝わっていない「提案」はないでしょうか。
「いくら素晴らしいものを作っても、伝えなければ、ないのと同じだ」と、数々の創造的商品を生みだし、新たな市場を創造したアップル創業者のスティーブ・ジョブズは言っています。
#お悩みへのアドバイス
お客様の心を
自分の心と重ねられたとき
本当に伝えるべきことは
おのずと見えてくる
※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。また、オンラインメディア「Wedge ONLINE」でもお読みいただけます。