ロサ会館、それは東京・池袋で学生時代を過ごした者なら、必ず訪れたことのある場所。映画館、居酒屋、ボウリング場、ビリヤード場、ライブハウスと、8階建てのビルに雑多なアミューズメント施設が詰め込まれたビルです。
1階の「池袋シネマ・ロサ」は多くの良作を上映してきた“インディーズ映画の聖地”。2018年、全国的にヒットした「カメラを止めるな!(カメ止め)」もここでの単館上映から始まりました。
いま、「カメ止め」の再来と言われ、全国300館以上で上映されているインディーズ映画「侍タイムスリッパ―」も池袋シネマ・ロサからスタートを切りました。公式ホームページから、物語のはじまりを紹介します。
〈時は幕末、京の夜。会津藩士高坂新左衛門は暗闇に身を潜めていた。「長州藩士を討て」と家老じきじきの密命である。
名乗り合い両者が刃を交えた刹那、落雷が轟いた。やがて眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。新左衛門は行く先々で騒ぎを起こしながら、守ろうとした江戸幕府がとうの昔に滅んだと知り愕然となる。
一度は死を覚悟したものの心優しい人々に助けられ、少しずつ元気を取り戻していく。
やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と刀を握り締め、新左衛門は磨き上げた剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として生きていくため撮影所の門を叩くのであった。〉
脚本、撮影、照明、編集、その他諸々を手がけた監督の安田淳一さんの経歴がまた面白い。こちらも公式ホームページから拾ってみます。
「1967年京都生まれ。大学卒業後、様々な仕事を経てビデオ撮影業を始める。幼稚園の発表会からブライダル撮影、企業用ビデオ、イベントの仕事では演出、セットデザイン、マルチカム収録・中継をこなす。業務用ビデオカメラ6台を始め、シネカメラ5台、照明機材、ドリー、クレーン、スイッチャー、インカム他を保有。
2023年、父の逝去により実家の米づくり農家を継ぐ。多すぎる田んぼ、慣れない稲作に時間を取られ映像制作業もままならず、安すぎる米価に赤字にあえぐひっ迫した状況。『映画がヒットしなければ米づくりが続けられない』と涙目で崖っぷちの心境を語る。」
印象的なシーンは、幕末から現代へタイムスリップしてきた主人公の侍、高坂新左衛門が世話になっている住職宅で白米のおにぎりを食べる場面。あまりのおいしさに涙するのですが、じつはその米は安田さんがつくったものだそう。
映画制作費の総額は約2600万円。安田さんの貯金1500万円と愛車のNSXを売却した金額500万円、文化庁の助成金600万円を充てて完成にこぎつけたそうですが、貯金通帳の残高は7000円にまで激減したとのこと。
苦労人の安田さんにとって「侍タイ(さむたい)」は「拳銃と目玉焼」「ごはん」に続く3作目。劇中、ある役柄が「頑張っていれば、誰かが見ていてくれる、って言うけど、あれは本当だね」というセリフを語りますが、まさに安田さんそのものに向けられた言葉のようだと感じました。この粘り強さは米づくりの経験から来ているのでしょう。
これ以上書くとネタバレさせてしまいそうなので、映画評はここまで。今年も12月を残すところですが、私が観た映画で今年一番の秀作。皆さんにもぜひとお奨めします。