良いとか、悪いとか、私たちがつい口にしがちな言葉に「縁起」があります。もともとは仏教の基本思想の一つ「因縁生起」のことであり、あらゆる物事には起因があり、つながりがあるとする考え方をいいます。
たとえば、日本の国土の約7割に及ぶ森林。一粒の種子を起因(因)としますが、種だけでは木は育たず、日光、水、土質、さらに森林の4割を占める人工林では人による細心の手入れなど、さまざまな条件(縁)あってこそ種子は大樹となります。すべての存在はさまざまな縁によって生じ、孤立して存在するものはこの宇宙に一つもありません。
そんな縁の一つに導かれ、500年以上という日本で最も古い植林の歴史を持つ奈良県吉野地方の銘木商を訪ねました。神武天皇ゆかりの橿原神宮の最寄駅から車を走らせること1時間近く、山深い静かな森の中に「徳田銘木」はありました。
己を変えることで顧客を創造する
「森が暗く感じられませんか」
向かう途中、森の中を走っているとき、徳田銘木の徳田浩社長は問いかけてきました。その意味がわからずにいると、「担い手が少なくなって、下草刈りや間伐ができないんですよ。だから森が暗くなる。これでは良い木は育ちません」と、日本三大美林の一つと讃えられる吉野の森の現状を教えてくれました。
建築用材としての国産木材自給率は55.3%(林野庁「令和5年木材需給表」)と一時より回復しているものの、低い生産性、従事者の高齢化などにより林業産出額の低迷は避けられません。一次産業である林業が衰退すれば、二次産業にあたる木材業も同様の道をたどるのは必然です。
故・安藤直人東京大学名誉教授が遺したという「木材業界は絶滅危惧種」という言葉は、森林と建築を結ぶ分野の第一人者の言葉として重いものがあります。しかし、業界の大半は「『安い輸入材のせいだ』と、自らが変わろうとしなかった」と徳田さんはいいます。顧客が大工からハウスメーカーに代わり、安定した価格と量、品質が求められるようになっても、己を変える努力、新たな道を見いだす挑戦を怠った結果だと。
安藤教授は木材業界が革新するためのポイントとして、次の3点を挙げています。
①オンリーワン
②突然変異を起こせ
③エイリアン(異業種)と手を組め
それらをすでに実践しているのが徳田銘木だということを、現地を訪れてようやく理解できました。現場を踏み、一次情報を得ることの大切さをあらためて思います。
美術館のような時を忘れる倉庫
一見すると質素な社屋です。しかし、事務所はショールームのように整然としており、倉庫に一歩入ると圧倒的な在庫量と品揃え目を奪われます。
それらすべてに木材一つひとつの個性と特徴を生かした仕事ぶりが施されていることが素人にもわかります。曲がりや木目、木肌や木目など木材一つひとつが持つ個性を生かすように磨かれ、木取りされた製品がまるでギャラリーや美術館のように展示されています。その様子は徳田銘木のInstagramで観ることができます。
どれ一つとして同じものはありません。それらすべてに製品番号が付けられており、徹底した在庫管理を実践。経営の羅針盤というべき月次試算表が翌月の3~5日には整うという点からも同社のオンリーワン性の一端がうかがえます。
その一つひとつを見るだけでも、あっという間に時が経ち、心躍るのは私だけではないでしょう。現に多くのユーザーがここまで足を運び、そこに並ぶ銘木をさらに生かそうとします。同社の銘木の活用先は住宅、公共施設、飲食店など多岐にわたり、異業種との協業が見られます。
「お客様に喜んでいただく製品として生まれ変わる木材を創っていくことが私たちの仕事です」と徳田さん。その根本には、先祖代々にわたって吉野の森に生かされ、木を生業としてきたことへの感謝の念があるのでしょう。
それゆえ「突然変異」といえるほど革新を持ちながら、何より同業者や取引先との共存共栄を優先する事業理念を実践しています。なぜなら、因縁生起の教えのとおり、孤立して存在するものはこの宇宙に一つもないのですから。