自民党総裁選で争点の一つとなっている「解雇規制緩和」。正社員の解雇規制が強いことが日本の労働市場の流動性を阻害しているため、これを緩和するべきというものです。
その背景の一つには日本の労働生産性の低さがあります。日本生産性本部が毎年公表する「労働生産性の国際比較」によると、2022年の日本の時間当たり労働生産性は52.3ドルでOECD加盟38カ国中30位。一位のアイルランド(154.1ドル)のおよそ3分の1であり、データ取得可能な1970年以降最も低くなっています。
デジタル化の遅れ、モチベーションの低下、スキル不足が低生産性の理由であり、さらには人材の適切な配置ができていないというのが解雇規制緩和論者の根拠です。
こうした日本の労働市場の問題を表わす言葉があります。働きに見合わない高い報酬を受け取っていると批判される中高年男性社員を指す「働かないおじさん」です。
彼らに対する若手社員の風当たりは激しく、「高給をもらっている中高年の社員が多く、僕たち若手の昇進ポストがありません。今、話題の解雇規制が緩和されればいいのに……」という声が聞こえてきます。
しかし、周囲の期待する役割に対して成果や行動が伴っていないものの、彼らはけっして悪意を持って「働かない」わけではありません。彼らを活かしきれない組織に問題があるのではないでしょうか。
日本には約4000の上場企業がありますが、その中で最長の連続増収増益を記録する企業をご存じでしょうか。ディスカウントストア「ドン・キホーテ」を展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは34期連続で増収増益を果たしています。
その要因として、同社創業者である安田隆夫さんは「ドンキ最大の強みは人材であり、その根本には徹底した権限移譲がある」といいます。
「人は育てるものではなく、自ら育つもの。『育てる』のではなく、信じて頼む、つまり『信頼する』こと。自ら育つ自己育成の場を整備し、機会とチャンスを与え続ける――これが当社の人材開発における基本姿勢です」
信頼関係はそもそも、双方の合意に基づく約束によって成り立つものです。同社では、全社員が守るべき行動規範をまとめた企業理念集『源流』に掲載された「社員心得・行動規範十箇条」がそれにあたります。
一、逆境から立ち上がる不屈の闘志と、タダでは起きないしたたかさを持て
二、誰よりも店、商品、顧客への熱き想いと情熱を注げ
三、現場で知恵と感性とひらめきを研ぎ澄ませ
四、単なる根性ではなく、本番で勝つ情念とはらわた力を磨け
五、いかなる時も「主語の転換」を心がけ、相手の立場で発想せよ
六、現場リーダーは、常に自分の代わりとなる人財を育てよ
七、役職や上下の別なく、個人の多様性を尊重し認め合え
八、仕事を「ワーク」でなく「ゲーム」として楽しめ
九、できない理由をあげるのではなく、「どうしたらできるか」をとことん考えよ
十、相並ばない二択を安易に受け入れず、両立させる知恵を絞れ
激しい言葉が並びますが、これら約束の根底には信頼があります。そうでなければ、34期も続けて増収増益できるはずもないでしょう。
「あらゆる組織が『人が宝』と言う。ところが行動で示している組織はほとんどない」とはドラッカーの『プロフェッショナルの条件』の一文。あなたのところが当てはまることはないでしょうか。