◆今日のお悩み
消費者の立場から見ると、勤務先の広告が人の弱みや誤解に付け込むような内容で恥ずかしい思いをしています。広告とはそういうものでしょうか。
「ダークパターン」という言葉をご存じでしょうか。これは主にウェブサイトなどで「ユーザーが無意識に不利な行動を取るように設計された悪意のあるデザイン」のこと。
たとえば、販売する気がない商品を無料もしくは安価で提示して、売り切れで販売できないことを説明した後、宣伝されたものと同様の製品を購入するよう仕向ける「おとり商法」や、「あと1時間でセールが終了する」などの嘘のカウントダウンを表示することでユーザーに商品の購入などを促す「偽のカウントダウン」など手口は多岐にわたります。
いずれも、認知バイアス(意思決定をするときに、先入観や経験則、直感などに頼って非合理的な判断をしてしまう心理傾向)を利用して、ユーザーが思っているよりも多くの時間、お金を使わせたり、または注意を払ったりするように設計されています。それゆえ、「欺瞞的デザイン」とも呼ばれます。
ところで、広告の本当の目的とは何でしょうか。それは「この商品を買いなさい」と、自社の都合を消費者に向かって押しつけることではありません。「これはあなたに最適で、あなたの生活を幸福にするものです」と、相手にとっての得を親切に、誠実に、専門家としての立場で知らせる営みにほかなりません。それは世間への “善行”といっていいものでしょう。
それゆえ、正しい広告とは儲けを目的とするものではありません。発信者の誠実さを伝え、その提案に共感していただくことが目的です。その誠実さに共感して商品を買う結果、売上や利益が増えたりするにすぎません。つまり良い広告とは、相手を想う気持ちの在り方においてラブレターと同じなのです。ただ、ラブレターと異なり、多くの人に伝える必要上、放送したり、印刷したりするだけです。
かつて、あるまちで、ある一枚のチラシがまかれたときのこと。老舗呉服屋の跡取りの商売は、太平洋戦争後に焼け野原から始まりました。空襲で灰塵に帰した店の跡地にバラックのような店を建て、営業再開を知らせるチラシに若者はこう記しました。
焦土に開く――。
日中戦争以降、暮らしは統制経済下に置かれ、商人は自由にチラシをまくこともできませんでした。それゆえ、チラシを見た多くの客が店を訪れ、中には「やっと戦争が終わったんですね」と涙を流す人もいたといいます。
新しい時代の始まりを、一枚のチラシが告げたのです。そのとき「小売業は平和産業である」という確信を抱いた若き商人こそ、岡田屋七代目、イオンを創った男、岡田卓也さんです。
暮らしに楽しさが添えられ、平和がもたらされ、幸福が感じられる商品を専門的な知識に基づき伝えるのが広告の使命です。愛情、真実、良識、この三つだけでつくられた広告には、他になんの装飾もいりません。
「昭和の石田梅岩」といわれた経営指導者、倉本長治は広告を「広告という文字を幸告という意味だと洞察できるとき、本当のその広告の効果がある」と言いました。広告とは幸いを告げるものという覚悟があなたの店にあるでしょうか。広告を単なるテクニックとして捉えてはなりません。消費者はその中に企業の姿勢を見ているのです。
#お悩みへのアドバイス
生活者に幸福な
お金の使い道を
親切に知らせる活動を
広告というのである
※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。また、オンラインメディア「Wedge ONLINE」でもお読みいただけます。