笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「どん底に大地あり」

 

以前、ある親しいシナリオライターから、この言葉を教えてもらいました。1945年8月9日、長崎に落とされた原爆で自らも被爆し、重傷を負いながらも救護活動に尽力した永井隆医師の言葉として知られています。永井医師はその後も、被爆症の研究と執筆に残された短い生涯を捧げ、1951年2月、43歳の若さで亡くなりました。

 

NHK朝の連続テレビ小説「エール」では、永井医師を俳優の吉岡秀隆さんが演じ、「神はいるのですか?」と問う若者を例示しながら、こう語っています。「神の存在を問うた若者のように、『なぜ?』『どうして?』と、自分の身を振り返っているうちは、希望は持てません。どん底まで落ちて、大地を踏みしめ、共に頑張れる仲間がいて、はじめて真の希望は生まれるのです。その希望こそ、この国の未来を創ると、私は信じています」。

 

このシーンを見たとき、思い出した商人がいます。

 

被災3日後に再興を決意

 

市街地のほとんどが津波に飲み込まれ、最悪の犠牲者率となった岩手県陸前高田市。この地で1960年創業、2代目として婦人服店を営んでいた小笠原修さんは、家も店舗も倉庫もすべてを津波に流されました。「私は長らく剣道をしていますが、さすがにこのときは半歩下がった思いでした」と当時を振り返ります。

 

 

しかし3日後の2011年3月14日、小笠原さんはこのまちで店を再興することを自らに誓うのです。11カ月後にはコンテナ店舗で営業を再開、2年後にはプレハブ店舗へ移転しながら、地域の商人たちのリーダーとして仲間と共にまちの復興にも取り組みました。

 

なぜ、小笠原さんはすべてが流されたまちで商いを続けたのでしょうか。自分と家族だけのことを考えるならば、ほかにもっと楽な選択肢があったはずです。事実、東京で事業をしている身内から誘われたこともありました。

 

「多くの人命が失われましたが、幸いにも私たち夫婦はそれぞれ親も無事でした。それがわかったのが14日のこと。そのとき、親たちのため、長年ご愛顧いただいたお客様のため、大好きな陸前高田のために、店をやり直そうと決意したのです」

 

小笠原さんの希望の未来も、まさにどん底まで落ちたところから始まったのです。

 

毎月11日に自分を見つめる

 

2017年10月、とうとう中心市街地に本設移転開店。従来の婦人服、服飾品、雑貨を扱う「ファッションロペ」に、自家焙煎コーヒーと食事が楽しめる「東京屋カフェ」を併設した店舗として、復興の第一歩をしるします。そこには、小笠原さんの商いの哲学と、未来を見据えた戦略があります。

 

 

震災から10年後の今日、2万4000人いた陸前高田市の人口は1万8000にまで減少、高齢化率も35%から6ポイント増と、全国平均を大きく上回っています。こうした事実を小笠原さんは受け止め、ならばそうしたまちで暮らしに役立つためには、そして自らも生き続けていくためには何が必要かを考えた末の業態開発でした。

 

さらに、いかなる危機にも対応するため、小笠原さんは足を止めません。何か特徴ある商品をつくろうと考えていたとき、自らをどん底に落とした海が目にとまり、出会いがありました。海中に酒を沈めて一定期間置くことで熟成を促す「海中熟成」に取り組むプロジェクトを知り、コーヒー豆で取り組んだところ、旨味、酸味、香りなどの成分が増したのです。

 

こうして誕生した海中熟成珈琲はカフェの人気商品となり、小笠原さんはそれをドリップコーヒーパックとしても販売。パッケージ表面が注文者の用途に合わせて自由にデザインでき、裏面がはがき使用となっているから、郵便で送れるギフト商品として人気を集めています。こうした商品開発は、挑戦をやめない小笠原さんの商いの一面を物語っています。

 

 

そんな小笠原さんが毎月ある日に続けている習慣があります。毎月11日を、東日本大震災で亡くなった方々への月命日として、自分の考えと行いを精査、すべてを疑ってみるというものです。

 

 

「危機は人間を成長させるチャンス。そのためには、どんな逆風でも足を止めないこと。先を見て動き、走りながら考えること。震災の月命日には、毎月、自分のやっていることを疑い、生まれ変わった気持ちで一歩を踏み出してきました。これからも、そうやって街の暮らしを彩りたい」

 

そんな小笠原さんに、生活者の暮らしを制限し、多くの商業者を苦しめるコロナ禍について聞きました。最後に、彼の言葉を皆さんに伝えたいと思います。どん底まで落ち、そこから大地を踏みしめ希望をつかんできた商人の言葉です。

 

「震災に比べたら、コロナはさまざまな課題の一つ。むしろチャンスと捉えて行動するときです」

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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