笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

自分の代で店や事業を止めるつもりでいる――こう考える中小企業経営者は、日本政策金融公庫総合研究所の「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」によると、全体の半数に上ると言われています。

 

事情を一切考慮せず、あえて乱暴な言い方をします。そう考える人は、事業や店を「自分のために」だけやっているのでしょうか。私が多くを学んだ商業界が一貫して提唱しているのは「店は客のためにある」という顧客第一主義の思想です。

 

つまり、世の中に永遠はないけれど、お客様に望まれる事業や店である限り、それを勝手に止める権利は経営者にはありません。自身の命が尽きる前に事業を次代へ承継してこそ、「店は客のためにある」を実践していることになるのです。

 

 

岩手・盛岡市の人気店「平船精肉店」の創業者、平船繁さんはまさにその実践者です。平船繁さんは23歳で創業以来切り盛りしてきた店を、2017年5月に会社員の竹林誠さんに事業譲渡しました。

 

1960年、売場面積6.4坪と小体な店として商店街に開店。平船さんが創意工夫を重ねて磨き上げたローストチキンは、毎年クリスマスシーズンを迎える12月には2万本 以上が売れる、まさに盛岡のソウルフードです。

 

 

平船さん夫妻は息子を授かりますが、都内の大学を卒業して上場企業で技術畑を歩むことに。店は堅実に成長を続け、隣の店の閉店を期に約12坪に増床しましたが、気がつけば80歳も視野に入り、共に商い、後継者にしようと考えていた自身の弟もとうに60歳を超えていました。

 

そこで第三者への事業承継を決断。後継者のいない事業者の引継ぎを支援する公的機関「事業引継ぎ支援センター」へ相談しましたそのとき重視した条件が譲渡価格よりも、次の3点でした。

 

1.屋号を引き継ぐこと

2.従業員を継続雇用すること

3.ローストチキンの味(品質)を守ること

 

 

そして出会ったのが竹林さんでした。竹林さんは鹿児島に生まれ、9歳で盛岡に移り住みました。「将来は自分も商売を」と漠然と考えていたところ、家族と支援センター職員に共通の友人がおり、後継者を探している店の存在を知ります。竹林さんは支援センターの「後継者人材バンク」に登録しました。

 

二人が支援センターを介して初めて会ったのが2016年11月。親子以上に年の離れた二人でしたが互いに好印象を持ち、事業承継を前提に竹林さんは平船さんの下で働きはじめます。翌年3月末には勤務先を辞め、5月には事業譲渡契約を締結。6月に経営をバトンタッチしたのは、平船さん80歳、竹林さん39歳のときでした。

 

譲渡金額の半分を一括で払い、残り半分は5年分割払い。店舗は賃貸として毎月家賃を支払い、店内備品は無償で提供を受けました。従業員2人を継続して雇用し、さらに「顧問」となった平船さんから2年間にわたり無償でノウハウを受けることで、ローストチキンの味は受け継がれていったのです。

 

 

現在、SNSを駆使した販促により顧客層も広がり、ローストチキン販売がピークとなる12月の売上は事業承継以来3年連続で過去最高を更新。さらには地元ブランド豚である白金豚のあらびきローストハンバーグ、岩手銘柄鶏の手羽先ローストチキンなど新商品開発にも取り組み、新しい顧客の支持も集めています。

 

竹林さんが平船さんから継承したのは、単に事業や人気商品ではありません。お客様の毎日の暮らしに役立とうとする商人の志、こうした見えないものを承継してこそ、店は続くのです。盛岡を訪れたら必ず立ち寄る店、平船精肉店。ぜひ、あなたも足を運んでみてください。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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